『紙の民』サルバドール・プラセンシア

愛すべきダメ男ものがたり

ダメ男ブンガクは数多くあれど、(私が好きなものだとラウリー『火山の下』、パワーズ『オルフェオ』など)『紙の民』はとことんダメ男の情けなさを物語、いや、物語を越えてこちら側にはみ出してくる形で昇華させて楽しませてくれる小説だ。
この本の装丁やパラパラめくったときに時折現れるイラストや黒塗りの部分、ハチャメチャ(に見える)段組から、とっつきづらそうな印象を持たれてしまうかもしれないが、読んでみるとまったくそんなことはなく、寧ろとても親切設計で読みやすい。そしてこのお話の主題は「女に振られた。つらい」という、なんだかちょっと情けなさすぎる気がするものなのだが、どっこいその主題を物語が取り巻いていき、登場人物、作者、そして読者の枠を破壊し展開していくのだ。

土星VS登場人物

 紙で作られた伝説の女性メルセド・デ・パペル(めちゃくちゃにビッチ)、寝床でおもらしをし続けたせいで(と本人は思っている)妻に出て行かれてしまったフェデリコ・デ・ラ・フェ、その娘リトル・メルセド、プロレス界の英雄であり聖人でもあるサントス、全知の赤ん坊ベビー・ノストラダムス、街のギャングたち、メキシコ生まれという設定のリタ・ヘイワース、その他にもたくさんの登場人物がこの本には出てくる。そのすべてが実に魅力的で、彼ら個々人のストーリーが平行して語られていくのがこの本のひとつの特徴。段組が増えたり減ったりするのは彼らの視点ごとに段落が分けられているため。だからこの本は前述したとおり同時に複数の視点を楽しめるし混乱もあまりない、とても親切設計なのだ。

主人公のひとり、フェデリコ・デ・ラ・フェはあるとき「誰かに自分たちの生活や思考が監視されている」と気付き、その正体が「土星」(=著者であるプラセンシア)であり、土星と闘い生活を守らねばらないと街のギャングたちを先導し、どうにか土星の目を逃れようとしていく。彼らは鉛で家を覆い、思考を読まれてしまうときは物語のネタにもならないような単純なことしか考えないようにして土星と戦っていき、しまいには失恋でグズグズしている土星を本の余白へ追い込んでいく・・・というのがもうひとつの筋なのだが、他にも個々のエピソードが沢山あって、それらがどれもとてもチャーミング。

私がいちばん好きなエピソードは、「紙で作られた民」であるところのメルセド・デ・パペルの話。彼女はたくさんの男と寝る要するにビッチなのだが、男たちは彼女と寝ることでできてしまった切り傷を誇りに思い、ロサンゼルスの街中で舌にできた傷を見せ合う。そして読者もその仲間に加わっていく。一方メルセド・デ・パペルは実にあっさりしており、それがなんとも切ない。

 彼は読者たちが思い思いにこの本を持つ方法も知っていた。開いた表紙を抱くようにして持つ者もいれば、本をテーブルに置き、ページをめくる前にはいつも指を舐め、唾液が余白に染み込む者もいた。
 そしてほかにも、ひとりでいるときに本を開いてページの縁を舐め、自分たちもメルセド・デ・パペルに顔を埋めているのだと想像する読者もいた。彼らの血は溜まり、背表紙の溝を流れていった。紙と関係を結んだこれらの読者たちは、唇を舐めつつ外に出ていき、自分たちの傷やひりひりする舌を見せびらかし、メルセド・デ・パペルの恋人に加わった。 

 メルセド・デ・パペルが永遠の愛を信じることはなかった。一つの季節にわたって続くロマンスすら、彼女にとっては不可能で馬鹿げたことであった。

「燃えて、灰になって消えるものなのよ」と彼女は言い、床を掃いて新聞紙の切れ端をちり取りに押し込んだ。 

土星も、登場人物たちも、そして読者も、紙によって傷つき、身体からインクを流し、愛する人にはインクをつけていく。紙が燃えてしまうことを知っていても。

ラストに向かっていく流れではとにかく土星が情けなくて笑ってしまうのだが(私生活の何もかもを小説に書いてしまうせいで恋人に愛想をつかされ、意気消沈し、登場人物が訪ねてきても、もういいよ、とぐったりしてベッドに向かってしまう)、どうしても憎めない。それは土星の情けなさゆえの優しさや、彼をとりまく傷だらけの登場人物たちの、どこか抜けていて愛らしいところが垣間見えるからだ。

土星は巨人であり、惑星のなかでも突出していたが、同時に彼は、台所の戸棚の上の扉を開けるためにスツールの上の立つ小柄な男でもあった。木箱に立って、彼女とキスしている夢想に耽る男。だが、戦争の司令官とはみなそのようなものである。傷心を抱えた、小柄な男たち。

紙の民たち

プラセンシアは三年かけてマルケスの『百年の孤独』を読み続けたということもあって、個々のエピソードの完成度もさることながら、それらを収束させていく手腕にも長けていて飽きさせない。物語の最後の台詞は、途中に登場人物によってバラされているにかかわらず(!)じんわりと染みてくる良さがある。
そして、物語を越えてフェデリコ・デ・ラ・フェたちの生活も続いてゆく。どうか、彼らが幸せであるようにと祈らずにはいられない。

本が好きな私達はみな紙の民で、これからも目からインクを流しながら、心にインクを染み込ませながら読んでいくのだろう。

そして、この物語から学んだことがあるとすれば、それは紙には用心せよということだった――紙の脆い作りと鋭い端に用心すること、ただし、もっぱらその上に書かれていることに気をつけること。

 

 

紙の民

紙の民

 

 

2015年に読んだ本ベスト10【5位〜1位】

はい、というわけでね、6位まで紹介してきたわけですけれども。2015年に読んだ本ベスト10(2015年に出版された本とは限らない)。

それでは5位から1位までいきますよ。長いと思ってるでしょう!私もそう思ってます!

 

5. ハリ・クンズル『民のいない神

「神不在系」2冊め、(『ザ・ロード』もこのカテゴリかもしれない)こちらはロン・カリー・ジュニアよりは少し重めの長編。正確には民不在系か?(何だ民不在って)ちなみに裏表紙のあらすじを読んでも何一つわからないです。
カルト集団、幼児誘拐、金融危機、多民族その他諸々The・アメリカ!な要素がてんこ盛りな上に時系列はバラバラで読みにくいかと思いきや、面白くてスルスルいけちゃいます。ラストにかけてそれらのバラバラな物語が一点をめがけて収束していく感じと、「それでも結局なにもないよ、でもね」という物語のその「先」を見せてくれる素晴らしい小説でした。いつだって何もなくたって絶望したってその先を見せてほしいんだ、それが希望じゃなくても。

民のいない神 (エクス・リブリス)

民のいない神 (エクス・リブリス)

 

 

4. 上田岳弘『私の恋人』

太陽・惑星』に続く第二作。壮大なスケールと人称マジックはそのままに、『太陽・惑星』よりも「個人」に着地した作品。10万年前から思い続けた(多分もう概念としての)「恋人」への、これはラブレターです。

10万年前になした私の問いかけの答えさえ、それが眼前に現れると、きっと躊躇なく踏んづけて粉々にしてくれる、諦めをしらない、たまらなく可愛い、私の恋人。

 もうたまらないよね。全てをぐちゃぐちゃにして台無しにしてくれる恋人よ、あなたはとても醜くて不器用で、とても美しいよ。

私の恋人

私の恋人

 

 

 3. リチャード・パワーズ『舞踏会へ向かう三人の農夫』

今年、パワーズは『オルフェオ』も読んだのですがやはりこちらが圧倒的。残雪もそうですが「出たよ〜〜〜デビュー作が怪物奴〜〜〜〜〜(2)」です。20世紀アメリカ全部盛り。1枚の写真からはじまって、戦争も、写真論も、アメリカの擬似・ノスタルジーも、全部全部盛り込んじゃいましたっていうバケモノのデビュー作。それでも、ここまでの密度で情報量を注ぎ込んでも、「それしか、言えない」になるんですよ。「それでよしとせねばなるまい」って、圧倒的な文章と歴史で殴りつけておいて地に伏した我々の肩を叩き、遠くに射す光(みたいなもの)を見せてスッと立ち去るのかっこよすぎだよ。ギャン泣きしました。
周りでは『囚人のジレンマ』も人気なので2016年はこちらも読んでみたい。

舞踏会へ向かう三人の農夫

舞踏会へ向かう三人の農夫

 

 

2. ロベルト・ボラーニョ『アメリカ大陸のナチ文学』

ボラこれ4冊目、でも私にとってはまともに読んだ初めてのボラーニョでした(『通話』をパラ読みして放置していた)。アメリカ大陸に生き、作品を残していった架空の作家たちの文芸評論という体で描かれた作品。なんで架空なの?全部読みたいんですけど??というくらい一人ひとりの作家たちとその作品が魅力的に描かれています。誰か同人誌としてこの架空の作家たちの作品を出しててくれ、絶対にスペイン語圏では出てるだろと信じてるのでスペイン語勉強してます(安直)。
そして何よりすごいのが、最後に収められている「忌わしきラミレス=ホフマン」で突然ボラーニョ自身が出てくるところ。メタフィクション、にはなるのかもしれないけれど、そういう括りで括りたくない、ボラーニョと彼の作品の間にある大きく硬い壁をドカンと崩されるような感覚、この読書体験は本当に稀有なものだと思う。そして、このラストの一篇が独立した作品として次のボラこれ『はるかな星』に収められるっていうこの粋な演出なんなんだよ。ニクい・・・ニクすぎる白水社、来年も白水税を収め続けます。『はるかな星』は目下読んでいる途中。読み終わるのは新年明けてからかしら。

アメリカ大陸のナチ文学 (ボラーニョ・コレクション)

アメリカ大陸のナチ文学 (ボラーニョ・コレクション)

 

  

1. ジョン ウィリアムズ『ストーナー』 

堂々1位はやっぱりこれ。2015年はこの本に出会えただけでも価値がありました。
こちらに関しては別途エントリを書いていますので、よろしければお読みください。

yoiyoru.hateblo.jp

 

以上、今年の10冊を2部構成でお届けしました。皆さんは今年、どんな素晴らしい本に出会えましたか?出会えた人も、出会えなかった人も、どうぞよいお年をお迎えくださいね。

来年こそはブログたくさん更新するぞ!!(誓)


ベスト10に入らなかったけれども、私が今年読んだ本一覧はこちらにありますので、もしご興味がありましたら覗いてみてください。選書の参考にしてくださると嬉しくてステップ踏んだりします。

 

2015年に読んだ本ベスト10【10位〜6位】

はい!お久しぶりです。放置グセもここまでくると本当にどうにかしないといかん。
ぼやぼやしてたらいつの間にか2015年も終わってしまうらしく、本当にはやい。体感5分くらいだった。2015年。
ということで、私が今年読んだ本(今年出版された本に限らない)のベスト10をやってみたいと思います。実はFacebookとかで昔からやっていたんですが、もう顔の本は見たくないのでこっちでやります。これって10位から紹介したほうがいいのかな?ラジオみたいで楽しいからそうしますね。
長いので2部構成にします。まずは10位から6位まで。(5位〜1位はこちら

 

10. 残雪『黄泥街』

初・残雪先生だったんですが「出たよ〜〜〜デビュー作が怪物奴〜〜〜〜〜」って感じです。9割糞尿汚物の話ですが、ラストで荒廃した世界を更に崩したあとピントを絞って美しい物をただひとつ映すのはずるい!!やめて!!こういうのだいすき!!
古書値が高騰しており4千円で見つけた時に買っておけばよかったと激しく後悔している作品です。河出書房新社に復刊の祈りを捧げ、舞い踊るしかありません。
2016年は今出ている残雪作品をちまちま読んでまたお気に入りを見つけられたらいいなと思っています。
そして残雪作品を多く訳されている中国文学研究者の近藤直子さんが今年お亡くなりになりました。またひとり、世界は才能ある素晴らしい人を遠くの星に運び去ってしまいました。ご冥福をお祈りします。

黄泥街

黄泥街

 

 

9. アンディ・ウィアー『火星の人』

 今年のSFカテゴリだけで言ったら3位くらいに入る良作。来年には映画も公開で盛り上がっていますが映画公式のTwitterがただのじゃがいも作成日記になっているという、謎が謎を呼ぶ(呼ばない)火星SF。火星に一人で取り残された主人公がどうにかして地球に帰ってやるぜ、というお話なんだけどとにかく明るい。ひとりぼっちなのにユーモアとアイデアと知恵と仲間が残した娯楽をDisりながら楽しんだりすることで乗り切っていく主人公・ワトニーが最高にいい奴なんです。地味なヒーロー像もいいけど、こういう嫌味にならないユーモアに満ちたヒーローもやっぱりいいよね。映画化にもすごく向いている作品なので、来年の公開が楽しみ。リンクをKindleにしたのはジャケがこっちのほうが好きだからです。どうせ面白くて一気読みしちゃうので別に上下に分ける必要ないのにな〜〜。(新版は上下巻でジャケはいつだって宇宙に取り残されちゃうマット・デイモンのどアップです)

火星の人

火星の人

 

 

8. ロン・カリー・ジュニア『神は死んだ』

タイトルに似合わず(文体としては)ポップな連作短編集。でもテーマとしては「神の不在」、神が死んだあとの世界。しょっぱなからズギャンとやられます。難民キャンプに女性の姿で降り立つ神が、為す術もなく死んでゆくというお話で、とにかくこのフレーズにやられました。

爆弾が空を切り裂いて落ちる、落ちる。大地が揺れる。神は目を閉じた。誰かに祈ることさえできたなら。

Twitterに感想ちゃんと書いてたので載せておきます。

 

 あとは「小春日和」と「神を食べた犬へのインタビュー」もすごく好き、後者はめちゃくちゃ読みたくなるタイトルでしょ?読みましょう。

神は死んだ (エクス・リブリス)

神は死んだ (エクス・リブリス)

 

7. コーマック・マッカーシーザ・ロード 

 これがマッカーシーってやつか・・・世界にはどんだけ怪物がいるんだよ・・とクラクラしてしまった作品。ひたすら続く絶望と終末感、そしてあの美しく、とにかく美しくて何もかもが浄化されていくラスト。もう思い出すだけで泣きます。人生のベストに入るかもしれない。かもしれない、のはまだ『ブラッド・メリディアン』を積んでいるからです。マッカーシーの文体、読みにくいけど20頁も読めば慣れるので(たぶん)是非多くの人に読んでもらいたいなあ。

 失明したそうです。

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

 

6. サミュエル・ベケット『サミュエル・ベケット短編小説集』 

ベケたんは『ゴトーを待ちながら』以来だったんだけどこの小説集、よくぞ復刊してくれた白水!!ありがとうございます!!戯曲もいいけど短編が珠玉すぎます。全篇通して(というかベケットのほぼ全作品を通して)どこかに行こうとしてどこにも行けない、ずうっとぐるぐるしちゃうのをあの手この手で書いてくるんだけど、白昼夢みたいで読んでいてとても気持ちいい。
でもその中で異色の短編があって、それが「たくさん」というタイトルの作品。珍しく女性が語り手で、老いた夫婦の回想と、別れ、これが本当に素晴らしいので立ち読みでもいいからこれだけでも読んで欲しい。どこにも行けないのは一緒ですが、ベケットの「書いてないのに書いてある」愛、みたいなものの残像が見えます。「そこにないもの」の残像が書けるのってほんとに上手い作家だけだと思うんだけどベケットはその中の数少ない一人。

サミュエル・ベケット短編小説集(新装復刊)

サミュエル・ベケット短編小説集(新装復刊)

 

以上、10位から6位までのご紹介でした。
続きはこちら

20150927

金木犀 in the airで候、9月も終わりだが私はまだ上半期説を唱え続けるからな。

秋のガイブン祭りは引き続き開催中のようですね、白水社から100周年記念でベケット短編集が復刊してた訳ですが(白水社創立百周年特設ページ - 白水社)4千円するわけ、これが、4千円。この薄さで、4千円。4k円、するわけ、300頁もないくせに。私も毎月ガイブン税を各版元に収め続けてるのでガイブン小説の値段の高さにはまあ寛容なほうだけどやっぱ高いよねえ、で、ものすごく迷った。でもどうせぜったいにすぐなくなるので、そんなのは火を見るより明らかなので、買いました。2時間くらい本屋でウロウロしたけどな。で、ちみちみと通勤中に読んでいるわけなんだが、すごくいい。ベケットはゴド待ちしか読んだことがなくて、そんで難しいことも何も分からないからもう全部感覚で読んでいて、ベケットはそれが許されるというか、第一印象でふんわり読んで、そのあとチラチラ読み返したり深追いしたりするのが良いんじゃないかなと勝手に決めて、とりあえずふわふわ読んでいる。今読んでいるのは「反古草紙」、全部散文詩なのかな、で、栞を挟んでいても前回読んだところを全く覚えていなくて、読んでいる間もサラサラと脳から言葉がこぼれ落ちていく感じ、でもそれが白昼夢みたいで気持ちよくて、これは私が白痴なんだと思っていたら解説でズバリのことが書かれていて安心(?)した。

声が語っている間だけ何かが存在するように読者は感ずるが、読み終えて、声が沈黙するとき、これらの文章には後に残るなにものもなかったことに気づくのである。ちょうど音楽が鳴り終えたときのような空虚だけが残る。要約し換言することのできる思想も、記憶し記録できる物語もそこにはない。それらはすべて漏れなく抹消され消去され、ただ言葉の霧のなかに明滅する脈絡のない心像だけがわたしたちの脳裏にしばしの間だけ残っているという仕掛けである。 

なるほど確かにそのとおりである。ゴド待ち読んだ時にも感じたけれど、ベケットは静かな諦念が底に流れているような文章を書くよね。描写は美しいとはいえない事象ばかり、死にかけの臭い浮浪者がクソを垂れたりする話だったり家から追い出されたりする話だったりするわけなんだがそこには賢者の清らかさがある気がするんだよなあ、で、最近観た映画の「クーキー」でもそうだったんだけど森の村長さんは浮浪者の姿で街に現れるわけ、それが誰かの妄想であってもそうでなくても、汚濁を纏う賢者は美しいという事実がそこにはあるんじゃないのかしらね。

9月に読み終えた本は以下。
ゼラズニイ『伝道の書に捧げる薔薇』、決め台詞多し、ちょっと鼻につくけど嫌いじゃないよ、ニヤッとしちゃうし猫好きには絶対「十二月の鍵」を読んでもらいたい、猫は神様、これは宇宙の真理です。あとタイトルがカッコイイ、「その顔はあまたの扉、その口はあまたの灯」しびれるねえ。
レム『泰平ヨンの未来学会議』、映画にもなりましたね(見逃した)。初レムだったんだけど意外と読みやすくてよかった。現実を直視できないでいるとこわい目に遭うよ。
リディア・デイヴィスサミュエル・ジョンソンが怒っている』、タイトル勝ち。こちらもお初だったのだが小説の幕の内弁当や〜という感じで色々つまみ食いできて嬉しい。これだけ読者に余白を許す小説もないというか、ピンチョンとかパワーズみたいなミッチミチの文章を読んでいるとこういう網目のゆるさにほっとする、ああ、ここに私は手を入れても足を入れてもいいのね、匂いを嗅いだり少しばかりぼーっとしててもいいのね、という曖昧な時間が許される感じ。「北の国で」は中でもすごくすきで、これだけ別で長編か中編として書いてほしいな。
チュツオーラ『やし酒のみ』何もかも無くしても、やし酒だけは手に入れたい、バケモノにボコボコにされても死ぬことすらできなくなってもやし酒だけは・・・!!ってそんなに旨いのかな。やし酒。飲んでみたいな。
あとは円城塔の『エピローグ』読んでいる、今日中に読み終えたい。結構ハードSFっぽいんだけど最近の円城氏はバカに優しいのでバカに優しく書かれてて嬉しい。書き出しが上田岳弘『私の恋人』ぽくてびっくりした。円城節が細胞に満ちてゆき大変気持ちがいいです。河出ははやく誤植のない『シャッフル航法』の第二刷を出しておくれ。

で、話が元に戻るんだけど白水の100周年記念復刊でラウリー『火山の下』が復刊されてるからみなさん買いましょう。ジャケもいいし勿論内容もサイコーの酔いどれ文学なので。

火山の下 (EXLIBRIS CLASSICS) (エクス・リブリス・クラシックス)

20150905

今日は休み、最近の休日は病院ばっかり行っていたので完全フリー(?)な休日が嬉しい、これがあと3万回くらいほしい。気づいたら8月が終わっていて夏ありがとうさようなら、もう二度と来なくていい。今年の夏は本当に本当に今までで一番暑かった、自分の汗で溺死状態だった渋谷の坂道、公園、中央線のホーム、書いていくと行動範囲が""サブカル""でキモい、いや違うか、でもまあいいや、とにかく夏はもう本当に二度と来なくていいけど30年に一回くらいなら来てもいい。

8月はたくさん本を読めて嬉しかった、沢山と行っても11冊だけど。こないだここにも書いたジョン・ヴァーリィ『逆行の夏』は期待通りで素晴らしかった!これは本当にだいすきな作品集になったので別途エントリを書くつもり。円城塔の煽り帯は事実であった。コーマック・マッカーシーザ・ロード』も8月の終わりに読了。『バーナード嬢曰く。』の神林しおり御大が激推ししていたので読んでみたがうん、荒廃した世界観で多分既出の言い方だけど「静」のマッドマックスという感じ、そして最後が善すぎて失明した。あんなに地獄見せといて、最後まで地獄を貫いてよ!と思わなくもないが、あまりに光溢れすぎてもうそんな私のちっぽけな我儘なんかどうでもよくなった。マッドマックスもハリ・クンズル『民のいない神』もロン・カリー・ジュニア『神は死んだ』も「神不在系」カテゴリに私の中では分類されているんだが、『ザ・ロード』もそうで、でも私が最近触れてきた「神不在系」の中ではいっとう眩しかった、他のはじわ、じわ、と光が滲んだり白熱灯が遠くに見えたりという感じなのだが、『ザ・ロード』は真っ暗闇で息絶え絶えになってたところにいきなり全部白飛びするくらいの光で照らされるのでなんていうかもう、ラストは感動とかより善の強さにびっくりして泣いた。びっくり泣きってなんだよ、赤子かよ。

そして秋のガイブン祭りが始まりましたね!いまのところ買ったのは以下。

左から順に。チュツオーラ『やし酒飲み』、9月に『薬草まじない』が岩と波のあいだから出てくるので読んでおきたくて。ヴァージニア・ウルフはなんと今まで一冊も読んでいないので平凡社ライブラリーから新訳が出たのを機に購入。ミランダ・ジュライ『あなたを選んでくれるもの』これはもう読了したのだがとてもよかった。インタビュー集なんだけれど、フリーペーパーに「不要品売ります」広告を載せてる人たちに(ネットに辟易して脚本執筆に行き詰まったミランダが現実逃避がてら)会いに行くというやつ。とにかくミランダが訪れる人々がちょっとズレてる人揃いで、とっかかりから興味をそそられる(他人の私生活を覗き見したい、という薄暗い好奇心は誰もが少なからず持っていると思う)。で、脚本のゆくえを考えあぐねながら次々にヘンな人たちに会っていくんだけど写真も良いし何よりミランダの真摯な姿勢が気持ちいい。「売ります」広告を出してる人たちって、大体がまあ、富裕層ではなくて、どちらかというと貧しくて文化レベルも多分そんなに高くなくて。で、大体において話が長かったりしてあんまりコミュニケーションが上手な人はいない。そういう人たちに対峙して、ミランダは「いやらしい優越感」を感じながら「わたしのプリウス」に乗って帰るわけ、そういうのをちゃんと書いてくれるのがすごく良かった。ラストはちょっとあざといな〜と思ったけれどまあ号泣した。リディア・デイヴィスサミュエル・ジョンソンが怒っている』もうタイトル勝ちだよね。リディア・デイヴィスもお初なので楽しみ。ロベルト・アルルト『怒りの玩具』図らずも怒りが2冊・・・怒ってばっかり・・・ロス・クラシコス既刊の2冊に比べると半分くらいの薄さ。あとがきによると「ルゴ―ネスやボルヘスに代表される審美主義文学へのアンチテーゼであり、文学に人間生活のどろどろした部分を取り戻す試みだった」とのこと。ワーイ!ラ米文学における人間生活のどろどろした部分!ヨイヨルラ米文学における人間生活のどろどろした部分大好き!最後はキジ・ジョンスン『霧に橋を架ける』アメリカ女性SF作家の作品、これも楽しみだな。

そんで今日からかな、新宿紀伊國屋書店でハヤカワ文庫の100冊フェアがやっていたので寄りました、希少本もあったけど目ぼしいものは特に無く。でもフレドリック・ブラウン『天の光はすべて星』を購入。解説がグレンラガンとかキルラキル脚本の中島かずきさんだよ。タイトルカッコイイよなあ、創元はほんとに邦題センスを競合他社に負けないように頑張ってくれよ。

20150824

休日2日目。オペラシティの鈴木理策展に行きたかったけれど月曜休み、病院と買い物へ。で、例によって例のごとく新宿紀伊國屋書店、新宿でそこそこまともな本屋はここしかない、ジュンク堂を失って久しいがそれ以降まともな本屋が出来ない、我々はどこで本を買えばいいのか、新宿を愛し新宿を憎み新宿と共に生きる民は何も信じない。私は新宿ジュンク堂が潰れてあんなクソ下品なビックロとかいう店になった恨みつらみをいつまでもいつまでもグジグジ言うからな!!

主語が大きくなったところで買ったのは(お給金が入ったので書籍購入が許されるのである、労働の対価である)ロベルト・ボラーニョ『アメリカ大陸のナチ文学』、クリストファー・プリースト『双生児』。ナチ文は出版当初から欲しくて堪らなかったのだが周りの読書人たちが読んで色々言うのを待っていた、集合知よ我に(購入に踏み切る)力を!!である。(?)で、そこそこ評判も良かったので購入に至ったわけだが、ボラーニョはボラこれが始まる前のエクス・リブリス版の『通話』しか持っていないうえに2666も読んでいないというアレ。今年の目標はボラーニョとレムをとりあえず1冊は読むことです。今年はまだ始まったばかり、まだ8ヶ月しか経ってない。がんばるぞ。『双生児』はなんで上下巻に分けたんだろ。

夜はたまたま会った友人と初台Fuzkueへ。パワーズを一所懸命読んでいたがどうにも入って行けず、『鋼鉄の黙示録』ことあぽかりぷす☆なうなうを読了。うーん、前半戦は結構良くてなんだラノベかと思ってたら結構骨太に異世界バトルSFやってんじゃねえのと感心してたのだが後半でだれてきて食傷気味になってしまった。そもそも私、異世界・異能者バトルそんなに好きじゃないの忘れてた。(『完璧な夏の日』も異世界・異能者バトルだけどそれは表面的なジャンルなだけであれはクソエモ叙情BLだから違うんだ)結局なんだかよくわからないまま曖昧になった伏線も多々あったし消化不良、いいのかあれで。とっちらかった印象しか残さないラストであったが、でもまあ面白かった・・・かな・・・。映画化大丈夫か・・・?

あぽかりぷす☆なうなうを読み終えたことでようやっと次に進める!ということで待ちに待った期待のSF、もう夏も終わるけど夏SF、ジョン・ヴァーリィ『逆行の夏』読み始め。一番はじめの表題作から「くーッ、そうそうこれ、こういうのが読みたかった!待ってた!!」と乾いた土がぐんぐん水を吸い込むみたいにSF成分を補給できている、満足度めちゃくちゃ高い短篇集だよこれ、なんたって情景が美しい。鈍く光る水銀の池でツルツル滑りながら泳ぐ光景なんて美しくて涙でるでしょ、これこそいま、私が求めてたSFですありがとうございます、そんでもって本当に円城塔は煽り文がうまいよね。 (この帯の煽り文はだいすき)

 

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20150823

5連勤明けての3連休。シフト制の奴隷なので5連勤がほんとうに辛い。世のサラリーマンたちようやるわ、5日も!!連続で!!働く!!意味が!!わからない!!

5連勤中に岸本佐知子編『変愛小説集2』読了。1と日本作家編に比べるとロマンチックの割合が多い気がした。SFじゃん?と思っていたステイシー・リクター「彼氏島」は全然SFではなくむしろ人類学系(言葉通りの意味)であった、興味深い。スティーヴン・ディクソン「道にて」死にゆく伴侶に話しかけ続けるだけのお話なんだが切なくてお腹痛くなる。続くスコット・スナイダーヴードゥー・ハート」は自分をコントロールできなくなる恐怖とそれによって崩れそうになる愛みたいなやつをどうにか両手で抱えてゆこうとするお話、これはめちゃくちゃ気に入った。スコット・スナイダーは一冊目の『変愛小説集』で「ブルー・ヨーデル」を書いていた人とのこと。「ブルー・ヨーデル」も好きだったのでなるほど感。雰囲気はとってもロマンチックなんだけどスパイスが効いてる感じで甘くなりすぎてなくてするっと飲み込めるんだよ、単行本出てくれ〜。

23日にはアドルフォ・ビオイ=カサーレス『モレルの発明』も読了。ボルヘスが「完璧な小説」と賞してたらしいけどボルヘスおじさんは本当に沢山の本を絶賛するので追いつけないしこれもどうなのという感じ。島にひとり流された受刑者の手記という体で進んでいくミステリタッチのお話、時折挟まれる「刊行者註」を作者(カサーレス)の註だと思い込んでいてなんだよいちいちうっせぇなメタメタかよと毒づいていたら違った。この手記を刊行した人の註ってことだったのね。「鏡」と「他者」がキーワードかなあ、途中現実と自己が曖昧になっていく感じがして面白かったけど70点かな。何が完璧なのか全然納得してない。別にそんなに上手くはないでしょ。

引き続きパワーズ『舞踏会へ向かう三人の農夫』とともにアメリカを旅したり第一次世界大戦に巻き込まれたりしている。パワーズおじさんのうんちくも面白いし有無をいわさずぐいぐい読者を引っ張っていく手腕がすげえな、なんかよくわかんないけど連れ回されてぐわーっって喋られて圧倒されていつの間にか好きになってるという、そうこれはまさに恋。そろそろ登場人物の関係性を整理しないとわかんなくなりそうなので自分で関係図を書こうかなとも思っているが思っているだけ。いや、書こう。今日書こう。

関係ないけど、電車で読むよりバスで読むほうがエモくて良いよね、特に夜、オレンジ色の光がページを走っていってふと窓の外を見ると雨が叩きつけられていたりしてエッモ!!エモくて吐きそう!!多分この情景はずっと思い出すたびに吐きそうになるんだろうな。もう10年位ずっと吐きそうだもの。

感情の処理が上手くないのですぐ胃腸にくる。アルコールはちゃんと分解できるのに感情は分解できなくてすぐ吐いたり下したりするの何なんだよ。