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20150927

金木犀 in the airで候、9月も終わりだが私はまだ上半期説を唱え続けるからな。

秋のガイブン祭りは引き続き開催中のようですね、白水社から100周年記念でベケット短編集が復刊してた訳ですが(白水社創立百周年特設ページ - 白水社)4千円するわけ、これが、4千円。この薄さで、4千円。4k円、するわけ、300頁もないくせに。私も毎月ガイブン税を各版元に収め続けてるのでガイブン小説の値段の高さにはまあ寛容なほうだけどやっぱ高いよねえ、で、ものすごく迷った。でもどうせぜったいにすぐなくなるので、そんなのは火を見るより明らかなので、買いました。2時間くらい本屋でウロウロしたけどな。で、ちみちみと通勤中に読んでいるわけなんだが、すごくいい。ベケットはゴド待ちしか読んだことがなくて、そんで難しいことも何も分からないからもう全部感覚で読んでいて、ベケットはそれが許されるというか、第一印象でふんわり読んで、そのあとチラチラ読み返したり深追いしたりするのが良いんじゃないかなと勝手に決めて、とりあえずふわふわ読んでいる。今読んでいるのは「反古草紙」、全部散文詩なのかな、で、栞を挟んでいても前回読んだところを全く覚えていなくて、読んでいる間もサラサラと脳から言葉がこぼれ落ちていく感じ、でもそれが白昼夢みたいで気持ちよくて、これは私が白痴なんだと思っていたら解説でズバリのことが書かれていて安心(?)した。

声が語っている間だけ何かが存在するように読者は感ずるが、読み終えて、声が沈黙するとき、これらの文章には後に残るなにものもなかったことに気づくのである。ちょうど音楽が鳴り終えたときのような空虚だけが残る。要約し換言することのできる思想も、記憶し記録できる物語もそこにはない。それらはすべて漏れなく抹消され消去され、ただ言葉の霧のなかに明滅する脈絡のない心像だけがわたしたちの脳裏にしばしの間だけ残っているという仕掛けである。 

なるほど確かにそのとおりである。ゴド待ち読んだ時にも感じたけれど、ベケットは静かな諦念が底に流れているような文章を書くよね。描写は美しいとはいえない事象ばかり、死にかけの臭い浮浪者がクソを垂れたりする話だったり家から追い出されたりする話だったりするわけなんだがそこには賢者の清らかさがある気がするんだよなあ、で、最近観た映画の「クーキー」でもそうだったんだけど森の村長さんは浮浪者の姿で街に現れるわけ、それが誰かの妄想であってもそうでなくても、汚濁を纏う賢者は美しいという事実がそこにはあるんじゃないのかしらね。

9月に読み終えた本は以下。
ゼラズニイ『伝道の書に捧げる薔薇』、決め台詞多し、ちょっと鼻につくけど嫌いじゃないよ、ニヤッとしちゃうし猫好きには絶対「十二月の鍵」を読んでもらいたい、猫は神様、これは宇宙の真理です。あとタイトルがカッコイイ、「その顔はあまたの扉、その口はあまたの灯」しびれるねえ。
レム『泰平ヨンの未来学会議』、映画にもなりましたね(見逃した)。初レムだったんだけど意外と読みやすくてよかった。現実を直視できないでいるとこわい目に遭うよ。
リディア・デイヴィスサミュエル・ジョンソンが怒っている』、タイトル勝ち。こちらもお初だったのだが小説の幕の内弁当や〜という感じで色々つまみ食いできて嬉しい。これだけ読者に余白を許す小説もないというか、ピンチョンとかパワーズみたいなミッチミチの文章を読んでいるとこういう網目のゆるさにほっとする、ああ、ここに私は手を入れても足を入れてもいいのね、匂いを嗅いだり少しばかりぼーっとしててもいいのね、という曖昧な時間が許される感じ。「北の国で」は中でもすごくすきで、これだけ別で長編か中編として書いてほしいな。
チュツオーラ『やし酒のみ』何もかも無くしても、やし酒だけは手に入れたい、バケモノにボコボコにされても死ぬことすらできなくなってもやし酒だけは・・・!!ってそんなに旨いのかな。やし酒。飲んでみたいな。
あとは円城塔の『エピローグ』読んでいる、今日中に読み終えたい。結構ハードSFっぽいんだけど最近の円城氏はバカに優しいのでバカに優しく書かれてて嬉しい。書き出しが上田岳弘『私の恋人』ぽくてびっくりした。円城節が細胞に満ちてゆき大変気持ちがいいです。河出ははやく誤植のない『シャッフル航法』の第二刷を出しておくれ。

で、話が元に戻るんだけど白水の100周年記念復刊でラウリー『火山の下』が復刊されてるからみなさん買いましょう。ジャケもいいし勿論内容もサイコーの酔いどれ文学なので。

火山の下 (EXLIBRIS CLASSICS) (エクス・リブリス・クラシックス)